昭和49年05月15日 朝の御理解
御理解 第18節
「此方の事を、神、神と言うが、此方ばかりではない。ここに参っておる人々がみな、神の氏子じゃ。生神とは、ここに神が生まれると云う事で、此方がおかげの受け初めである。皆んなもその通りにおかげが受けられるぞ。」
「皆んなもその通りのおかげが受けられる」と、だから皆もその通りの信心をしなければならんと云う事ですね。人間は皆神の氏子、そうした一つの神霊と云うか神性を具えておる。だからそれが研き出される所に、皆もこの様なおかげが受けられると仰るのです。だから、人間だから皆そうなれると言うのではなくて、その通りのおかげと云う事はだから、その通りの信心をしたらと云う事だと思いますね。
なら教祖の神様がなさった、教祖の神様の言うならば、在り方と、教祖の信心を、今日に頂くと言った様な事が、盛んに言われますけれども、本当に教祖の御信心を、今日に頂くと云う信心が出来てはじめて、皆もその通りの、おかげが受けられるのであります。只そのおかげの受けられる素養を、持っておると言うだけでは、それだけの事。だからその通りのおかげを受ける為には、やはりその通りの信心をさして貰わなきゃ、ならないと云う事になりますね。
そんなら教祖が感じられたり教祖がなさったりと云う信心が、その御心の状態と云う物は、到底とても私共が及びも付かない事で御座いますけれども、そのなさったと云う事は難しい事じゃない、別に火の行水の行と言った様な、その肉体を持っておる者が堪えられないと言った様な事じゃない。それはこの教典なら教典に表れておる様に、一つもとても生身を持っておる人間がそげな事出来んと云う様な事は一っつもない。
取分けあの十二条の、あの御神戒なんかは、もうこうあらなければいけないぞと言う事が一っつも難しいこっちゃない、その気になりゃ誰でもやれれる事、行のうて行けれる事。それを只いい加減にしておったり中途半端にしておるから、おかげもいい加減であり、やはりおかげもやはり中途半端であり、結局その通りのおかげしか受けられないと言う事なんだ。だから私共がその段々信心を極めて行くと云う事は、本当に教祖様の在られ方と言うものが段々身に付いて来る事だと思うんです。
それが一つも進展しない人があるですね、人の良い言うなら心の人と言うか、まあ人間的にまああっちは人物だと言う様な人でも、あの人は中々と言うてもそれから一っつも進展しない人がある。けれども何と云うか灰汁(あく)が強いと云うか人間的には立派と、思われないけれども一つ一つその自分の廻り、なら廻りと云うか性格なら性格を変えて行く程しの精進努力をして、もう一歩一歩所謂我が心が神に向こうて行く、と云う人もあります。問題は精進し自分はもう良かとのごと思とるとが一番詰らんです。
もう是で良いと思とる事が、一番詰らん、もう限りが無いです。末は生神と言う様な所「そげん生神様にならんでよか」と言う人はもうだから駄目です。私共はやっぱり生神様になろうと思う。教祖様はそれをはっきり教えてここに居られる、十八節に、皆もその通りのおかげが受けられると仰るんだから、教祖の信心を今日に頂くとか表すとかと云う事は、教祖様の在られ方と云う物を身に付けて行く。教祖様はああなさった、こう云う思い方で行かれたそれがです。
ならそう云う生き方にならせて頂くと教祖の神様もやはりこう云うような思い方をなさったのではなかろうかと云う様な心の状態が段々開けて来るです。だから楽しいの信心は。人物が良うてあの人の信心は中々ええと言うても、その人がもう良かとのごと思て、それから一歩も前に前進しようとしなかったら、その通りの信心をしなかったらその通りのおかげを受けられると云う事にはなって来ない。今朝、合楽水滸伝と頂いた。「水滸伝」と言うのは支那の大変長いあれは小説ですね。
物語ですそれを色々もじって、その天保水滸伝なんていうのがありますね、それを合楽水滸伝と様々な風雪と云うか、様々な雨露曲折と云うかそれこそ、お互いの人生をドラマチックに見ると云う事でしょう。それを例えば合楽に一つの、合楽の信心の内容に準(なぞら)えての事だろうと私は思うた、いわゆる劇的だと云う訳です。そう云う意味で私は、合楽の場合はそれが非常にこの、何て言うですかねえ本当に神様が演出して下さる、下さってある、例えば一つの筋書きと言った様な者がはっきり出ておる。
現われておる。と言う風に思います。第一私共の是は私のまあ生涯と言うてもですね。もう生まれた時から今日まで、もう本当に矢張り素晴らしい一つのドラマだと思います。もうまるきりこの人間が演出した様に、本当に小説の様に物語の様に感じられる、言うならまあ素晴らしい場面が幾らもある訳です。その言うならまあ一場面一場面をです、言うてもそうですが、結局どこへ行くかと言うと、おかげへおかげへと信心進展して行く。そのおかげへおかげへと進展して行くと言う事は。
愈々和賀心が教祖の仰るその通りのおかげが受けられると云う事へ一歩一歩前進し、近付いて行っておると云う物でなからなければならない。所がお互いの場合どうであろうかと、様々の事を通らしてもらう、様々の事のあった事が一つ一つ、「あれも無駄ではなかった。あれもおかげであった」と言える様な過去であり又は現在であり、また是からもです。その通りに愈々前進あるのみであって、生神への道をひたすら進んで行っておる。ああこの道を辿ってさえ行けば生神への道がひらけて行くんだ。
この世ではでけなくても、その魂は言うならあの世でそう言う進展を遂げて行くだろう、と云う事になるのです。だから進展を遂げるか遂げないかと云う事です。言うならば、有難い、愈々有難うなって行くかどうかと云う事です。信心をしておれば一年一年有難うなって行く、様々な問題を踏んまえて、しかもその問題を信心で頂いて行くたんべんに信心の箔が付く。実力が付く力が付く光が大きくなってくる。と言う物でなかなければならないと云う事です。
昨日は高松和子さんの所の主人の二十年の式年祭がここで、内々ばかり親兄弟皆集められてから、本当に有難いお祭りを奉仕させて頂きました。本当に二十年と言えば長い年月ですけれども、本当に長いようでもあって、またついこの頃のようでもあった。もう二十年にもなる、まあ二十年にもなっとる証拠に、まだ小さかった順子さんが、もうあんな大きゅうなっとりますから、確かに二十年には間違いない。
その二十年間の間に和子さん達親子が辿らして頂いた事は、もう様々な所を通った。東京へ行ったりまた帰ったり。またそして今東京へ行ったり言う雨露曲折である。様々な所を信心一筋に辿らして頂いた。本当にようも二十年間の間、信心がなかったらとても辿られなかった様な所を辿らして頂いてと言う事である。それが例えば見た目にああやっぱあんなおかげを頂いてと言う様に、こう段を昇って行く様な風に見えておるかと云うと、見えてはいないのだけれども。
如何にもこう堂々回りの様な感じだけれどもその内容だけはです。言うならその心だけは矢張り生神へ向って進んでおると言う事実を私は感じます。和子さんの信心から。昨日もそのことを神様にお礼申さして頂いておりましたら、二十年間という間の御霊様のおかげを受けておられる姿と言うものが、当時金光教神愛会という宗教法人でしたから、金光教神愛会の総代としての格をもって二十年間お取り扱いを受けて来たと云う事である。亡くなられる一年位前でしたかねえ、総代の御用頂かれた。
そして総代の御用頂いてだから本当、総代の御用なら御用を頂いておる、役を受けておると云う事なんか、合楽で幹部なら幹部と云う事は、こら実を言うたら大変な事ですよね、もうその格をもって今、例えば亡くなってもです。なら合楽の教会と云う物が、なら神様の世界御霊の世界に厳然としてもしあるとするならば、矢張りそこでの幹部なら幹部としてのお取り扱いを受けるです。
ならここで十万円の給料を取っておるとするならですよ、合楽で例えば、ならあちらでもやっぱり十万円の給料を取る事が出けると言う事なんです。例えばならここに、美登利会なら美登利会と云う、まあ合楽の権威と云うかね、言うなら共励機関があるとするならです。ならあの世でもやはり美登利会の人達は、一段と光るです。そう言う意味でですね、お互いが如何に信心を高めておかなければならないかと、本当にお役に立たして頂ける私共になっとかなければならないかと云う様な事を感じます。
総代としての格をもって二十年間おかげを受けてきた。今日二十年経ったからここに式年のお祭りをさしてもろうて、霊様をお慰め申すと言う只お祭りでだけではなくて、二十年間のおかげを受けて来た事をまずはお礼を申し上げての事だと言う事を頂いた。そして、まあ、一口になら、和子さん達が辿らせて頂いた、言うならば、ああ、何と言うですか、「その通りにおかげが受けられる」と言うおかげを、その通りのおかげが受けられる、その前提としてです。
二十年間の信心修行があったと言う事です。ね、私はそう言う意味でです。誰の通りかと言うとまあ言うならばお父さんの信心であり、まあ言うならば教会長である所の私の信心を、こう云う時お父さんならこう言うとき親先生なら、と云う道をただひたすらに歩いて来たと思うです。一事が万事に親先生任せ「東京から帰って来い」と言っちゃそれこそ何をおいてでも帰って来る。さあこう言うところに勤めなさい「ハイ」、なら今度の東京行きでもそうであった。
行ったり来たりと云うごたるけれども、さあそれがほんなら私が辿らせて頂いた、その通りの信心である。だからその通りのおかげに向かって進んでおると言う事。その二十年間のこと一口に言うと、と言うてあの御心眼に頂いたのが、握り寿司にあのウニ、ウニを付けた寿司がありましょう。ね、小さく御飯を握ってそれにこう、あの浅草海苔が巻いてある、中にウニがこう入ってある。
同じままになると言うてもです、その浅草海苔が素晴らしい、浅草海苔と言う事は、私は最高の修行だと思うです。ね、色は黒ても浅草海苔はと言う、あの色は黒い言わば色は黒いけれどもです。それは最高の修行をでもって巻いておる。なら中にあるそのウニは、是は山海の珍味の中でも、珍味と言われる程しに味のある物である。けれどもあのウニそのものは、それこそあの海の栗と言われる様に、ジガジガがあって中に少しばかり、その良い味わいの物が入っとるそれを取ってる。
丁度栗の様な言うならば、修行を遂げて来た、そしてならそれによってままになると言う時に、どう云う味わいのものかと云う事が判る。昨日御直会に丁度東京から稔さん帰って来ておりましたから、御直会にもうあの寿司のネタと言うんですね、もうあの沢山持って来てましたから、それを御直会お寿司を握ってもろうて、それが御直会でした。東京のお父さんが今見えておりますが、もうそのネタが東京のそのままのものですから、もう海老なんかでもオドリと言うですかね。
生きた海老をそのまま握ってお寿司にすると言う。もうそう言う余り美事な材料が揃うとるから、もう兎に角私にね、「お父さん例えば九州で東京のこう言う、寿司が頂けると云う事は、なんと言う幸せな事ですか」と言うてほとほと感心しておりました。それもほんならどうかと言うと、なら御霊様のおかげであり、和子さんの信心だと思うんです。御霊様へ御挨拶さして頂いたら、大きな鯛と鰤の御供へがしてありましたがあの鰤のね、鰤をこう大きなのを絞っておった、尻尾の所のあの麻の緒をプッと切った。
この頃佐田さん所のお宅祭の時に鯛を絞ってあるやつがね、あの切ってから鯛はおかげと言うが、そのまぁだおかげのあんな立派な御普請が出来たけれども、その是はまぁだおかげの内輪、内輪だと神様が仰られる。これがピンとこう麻の緒麻の紐を取ったら、もうそれこそその鯛が踊り出さんばかりの様なおかげになって来るんだと、云う様な御理解を頂きました。それと同じに昨日の鰤の方がねその、あの絞ってあるやつをこう切った所であった。そして「これからが楽しみ」と神様が仰った。
二十年間と云う間その通りの言わば信心をして来たと云う事、その通りのおかげを受けられると言う事はその通りの信心をして来た。しかも二十年間という長い間をその通りに神様任せ、親先生任せでやって来た言う事、だからその通りのおかげの言うならば居についたと云う感じがする。是からが楽しみだまあ素晴らしい事色々頂きましたけどもね、是なんかは私は合楽でまあ、一つの手本と言った様な物を言うならばです。
その通りのおかげを受けられる前提として、その通りのおかげを信心をして来た一つの例であるとこう思います。ですから是からのおかげが楽しみと言う、そのおかげを見なければです。私ども凡夫は、成程合点が行きませんけれども、なら、和子さんの行き方を皆さんが知っておられる通りの事ですから、その通りの信心とは、その通りの事を言うのです。昨日八時半頃だったでしょうか、電話が掛かって来た。久留米の佐田さん所から、『倉庫が丸焼になった』と言う御夢を頂いた。
もう本当に有難い私はそう感じた。昨日直ぐあちらの奥さんがお礼に出て見えられました。「十七年間信心ををさせて頂いておりますけれども、一番最高の喜びの日でした」と言われる。是が一番の事でした。もううれしゅうしてうれしゅうして、有り難うして有り難うして、だから「その事は人に言うたっちゃ、人はそんな事真剣に言いなさんな」と言う位であった。しかしその境地と言うのはねえ、開けて来るものですから、辿った者でないと分からんです。
十七年信心を続けておるが、もう一番それこそ一千万の宝くじが当たった時にはこう云う様な気持ちじゃなかろうかと云う様な心の状態、そう云う心の状態が開けた時だったでしょうかね。私が頂いたのが、あの『打出の小槌の授与式』と頂いたです。だからねそこがやっとかっと受けたと言うなら、やっとかっとのおかげです。けどもそう云う例えば心の状態で受け止められると云う所に、日頃の信心があるのです。
言うならば今日の御理解で言うなら、親先生の信心と言うならば、その通りの信心が出来て来たから私共でも思うです。修行中の時分の事を思うてみて、どうしてあげな修行が嬉しゅうして嬉しゅして、有難うして有難うして応えんで出来たじゃろうかと思うです、今考えても。それがもし私が力を頂いておると言うならば、その時分に受けておっただろう。今限りない無尽蔵のなら、おかげを受けられる所に居りますけれどもです。そういう時になら私共は打出の小槌を頂いておったんだろう、とこう思うです。
昨夜遅う夫婦でお礼に出て見えました。私はもう家内の様な境地は開けんけれどもです。もう兎に角一番口に私実感した事は、昨日一昨日朝の御夢を頂いた時に、親先生の御取次を頂いたら、「是からが言うなら楽しい。是からが愈々人力の限りを尽くして見えたのだから、人力の限りを捨てて愈々神力一筋に縋られる事になったら、それこそ人力自ずから湧く所のおかげを受けられる」と言う意味の御理解を頂いた『自転車でね、その後に、一升瓶を積んで行きよると言うお知らせであった。
所がその一升瓶が割れた』と言うのです。勿論自転車と云う事は、人力の限りを尽くすと云う意味なんですね。人力あの自転車と言うのは人力と同し事、自分で踏んで行くと言うのですから同じ乗り物でも。ここからは本当に徳の車に乗れれると言う、無尽蔵のおかげの頂けれる世界に、是から一歩足を踏み入れる事が出来ると言うのが、昨日一昨日だった。その一升瓶が割れたとこである。
今迄は自転車で行きよったやつが、今度は一つなら、運転さえ誤らなければその自動車で行けれる様な、徳の車に乗って行けれる一つの機会を頂いた。まああなた方、佐田さんからお聞きになれば、又その実感が尚一入でしょうけれども、もう本当にお話聞きよって面白かごとあった。奥さんがこちらへお礼に出る時に、お婆ちゃんが言わしゃった。「恵美子さんって、あんまりそげん笑いなさんな笑いなさんなって、人がどげん思うか分からんから」と言うお婆ちゃんも、嬉しいごたる風じゃったと言うのです。
嬉しいちゅうか、その、有難いと云う事なんです。本当に神様がこう云う働きを下さる。それこそ言うならばです。合楽教会始まって言うならば火事があったと云うのはここ二ヵ月間の間に、三軒続けてあったんですから、しかも皆久留米関係ばかりだったんです。しかも皆丸焼でしたから。古賀さん後藤さん、後藤さんも佐田さん所の元女中さんで、言わば久留米関係の方です。そして最後の、言うならば、燃える仕上げが、もう仕上げが出来た。皆さんもう安心して良いと云う感じがするです。
「二遍あることは三遍ある」ちゅう、是は決して悪い事じゃない困った事じゃない。昨日高橋さんがすぐお見舞いに行かれてから、帰って来てからですほらもう倉庫がもうあれだけの風の中にもほんの倉庫だけが、そこのずうっと倉庫が続いとる他のお店のそれにね、そこだけがこう綺麗に焼けておる。まるっきりもうラーメン屋開いたごと、もうラーメンが出けとる。(笑)
水をかけてどんどん燃えとるもんじゃけん、と言うてです。もう冗談の一つも言うて帰ってくれる程しの雰囲気であったとこう言う事です。もうお見舞いと言うて来た方達が皆、例えば、是は期せずしてお祝いと書いてある、もうその言うならです。本当に私は合楽水滸伝と言うなら、なら今日は和子さんと佐田さんのお話させて頂いたのは、もうこの二人なら二人、二軒なら二軒のお話。佐田さんの十七年間です。和子さんならもう二十何年間の信心をずうっと見ただけでも一つのドラマが出来ると思うんです。
素晴らしいしかもです。限りない生神への道を辿らせて頂きながらの信心。なら二人の場合を私が言うならばです。成程「その通りのおかげが受けられる」と言う、言うならばおかげを頂く為にその通りの信心が出来て行かれておると言う事を、今日は皆さんに聞いて頂いたです「皆もその通りのおかげが受けられる」と言う事は、皆もその通りの信心をさせて頂かなければならんと云う事なんですよね。
どうぞ。